女のため息

名古屋郊外在住 アラ還の平凡な主婦です。経験したことや、思ったことを 思い出しながら綴りたいと思います。

花柄のカバーを着けたK子ちゃんは・・・。

パラリンピックを観ていると、遠い昔のことを思い出す。テレビの中のアスリート達はハンディのある身体で、見事なパフォーマンスを見せてくれている。あの子も、そうだった。

 

 

もう、随分前の小学校に入った頃。クラスに、何時も右手だったか左手だったか忘れてしまったけれど、肘から先に花柄のカバーを着けた女の子がいた。

 

 

どうして何時もそんな物着けているか不思議だったが、子供心に聞いてはいけないのかな?と思っていた。彼女・K子ちゃんは、活発な女の子で、すぐに友達になった。

 

 

K子ちゃんの腕のカバーは、気にはなってはいたが、他の友達と一緒に、何ら変わらなく楽しく遊んでいた。

 

 

ある日、K子ちゃんが唐突に「この腕のカバーの中見たい?見せてあげようか」と言い出した。私達、その場に居た2~3人が、顔を見合わせ口々に「見たい、見たい、見せて」と言った。


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K子ちゃんは、子分を従えるみたいに、私達を階段の踊り場に連れて行った。その隅に皆を座り込ませ、自らも座り込み独特な雰囲気を作り……。

 

 

「良い、一回しか見せないよ」と言い、腕カバーに手を添え脱ぎ?出した。

 

 

私達は、固唾を飲みじっと一点を見つめた。

 

 

血が一杯付いてるのかな?大きな傷が付いてるのかな?と、じーっと見つめた。

 

 

私達の注目なんか何のその……。気軽に「はい」と、腕カバーを取ったK子ちゃんの腕には、血も大きな傷もなく、ホント何もなく、細い棒のような腕が存在していた。腕の先には手も指もなく………。真っ直ぐな腕だけがあった。

 

 

その時、何故だか、野口英世』の伝記の中に出ていた『てんぼう』と言う言葉が、脳裏をかすめた。あ〜、このことを言うのか?と子供ながらも感じた。

 

 

私達は、呆気に取られたが、すぐに次の遊びに繰り出した。それからも、別に話題にもならず何時もの日常を繰り返した。

 

 

その頃、私達女の子の中では、鉄棒が流行っていた。放課になると、座布団(クッション)を手に競うように校庭の鉄棒に向かった。その鉄棒に座布団を掛けその上に足を乗せ、足を腕で抱えたり、鉄棒を握ったりして、クルクル回った。前回りや後ろ回り………。上手に回れる子もいれば、そうでない子もいる。私は辛うじて回れたが、K子ちゃんはクルクルと、それはそれは上手に回っていた。カバーに覆われた手首から先のない手で、鉄棒を掴み見事に回ってみせていた。クラスで1〜2番を争うぐらい、それはそれは、上手かった。


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『こうやって回るんだよ』と言って、私達に教えてもくれたっけ………。

 

 

「K子ちゃん、凄~い!!」

K子ちゃんは、運動神経抜群でカッコ良かった。カバーに覆われた腕なんて全く関係なかった。そんなの何のハンディにもならないぐらい…………。

 

 

 

 

その後、クラス替え等で余り交流がなくなったが、中学生になったK子ちゃんの腕には花柄のカバーはなくなり、義手が着けられていた。