女のため息

名古屋郊外在住 アラ還の平凡な主婦です。経験したことや、思ったことを 思い出しながら綴りたいと思います。

『お稲荷さん』と『握り寿司』

今週のお題「寿司」

久々に、お題に挑戦。子供の頃のお寿司と言えば、母が作った『お稲荷さん』



f:id:pintocare:20210713124540j:plain



甘く煮詰めた『あげ』の中に、酢飯を『あげ』が破れんばかりにギュンギュンに詰められた代物。行事がある度に、食卓にど~んと置かれた。それにまた具の一杯入った『海苔巻』も添えられていた。



そう、子供の頃のお寿司とはまさにこの光景であった。そして、たま〜にお客さんが来た時に出される『握り寿司』



今のような『ウーバーイーツ』や『出前館』ではなく、お寿司屋さんの出前である。



お客さんが来て、夕飯時になると母がお寿司屋さんに出前の電話をしようとする。すると、お客さんは遠慮をして、「いやいや、もう帰りますから、気を使わないで」と言う。今度は母が「何言ってりゃーすの。水臭いこと言わんと、もっとゆっくりしてってちょ~」と、名古屋弁丸出しで言っていた。双方の間で、その攻防が続き、結局はお客さんが「悪いねぇ〜」と言って、母の勝ちになるのが定番であった。



f:id:pintocare:20210713124608j:plain



私達、3人の子供は「やったぁ~」と大喜び。当時、お寿司なんて滅多に食べられない高級なものだった。お客さん万々歳だったものだ。しかし、妹と私は『握り寿司』ではなくそれよりお安い助六や玉子の入った『お子様寿司』だったような覚えがある。両親や年の離れた兄は『握り寿司』を食べていたのだろうか覚えがないが、多分それだったのだろう。



それでも、お寿司が食べられることは、大層嬉しかったと記憶している。お客さんが来てくれるのを心待ちにしていた。



ここで、一つ疑問が………。ここまでの話は、家に電話を引いた後のこと。私がホントに小さい頃は、家に電話がなかった。当時は、どうやって注文していたのだろうか?公衆電話まで行って電話していたのだろうか?もう半世紀以上も前のこと。思い出せない。



まぁ、そんなことは、どうでも良いのだが、私の中では



『お客さん』=『お寿司』であった。子供の頃の記憶。そして、数十年かが経ち、子供の親となり、母と同じことをしている自分がいる。






「ねぇ、今日お客さん来るでしょ!お寿司取る?やったぁ~」子供たちの喜ぶ声が聞こえる。