女のため息

名古屋郊外在住 アラ還の平凡な主婦です。経験したことや、思ったことを 思い出しながら綴りたいと思います。

『御殿雛』

お雛様。

 

 

親しくしていただいているブロガーさんの記事を拝見して、私も一筆……。

 

 

我が家には、立派な『御殿雛』が有りました。私の初節句に、母方の祖父が買ってくれたものです。当時は(もう半世紀を十分過ぎた頃)今のように、完成品ではなく御殿とお内裏様とお雛様、それと右大臣、左大臣三人官女ぐらいだけだったそうです。あとは節句ごとに増やすものらしく……。毎年、両親が少しずつ増やしてくれたそうです。物心ついた頃には、殆ど出来上がっていました。

 

 

『御殿雛』とは、言葉通り、御殿を組み立てその中にお内裏様とお雛様と右大臣と左大臣が収まっておりました。で………、必然的にお人形は小さいのです。その小さな人形に冠やら簪やら刀やら扇子やらを身に付けさせるのです。飾るだけでも大変な作業でした。


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《まさにこの通りでした。もう既になく、写真もありません(あっても白黒)ので『関東道の駅』からこの写真をお借りしました。》

 

 

当時流行っていたとかではなく、母が祖父に『御殿雛』が良いと頼んだそうです。雛段は父がベニア板と木材で作ってくれました。

 

 

毎年2月の末頃?出し始め、『3月3日が過ぎると直ぐに片付けないと婚期が遅れる』とかで早々と片付けます。随分あとから知ったのですが、直ぐに片付けられない時は、人形を後ろ向きにすれば良かったそうです。

 

 

近所のYちゃんのお雛様は、今のようなお雛様で、一つ一つの人形が凄く大きくて立派で部屋の殆どを占めていました。そのお雛様は3月の終わりぐらいまで飾ってありました。でも、Yちゃんは私より先にお嫁に行きました。やっぱり迷信だったようで………。

 

 

 

その私のお雛様も歳が経つに連れ、首が抜けたり、籠や牛車がガタガタになったり、可哀想な有り様になってしまいましたが、中学生になるまで飾りました。

 

 

その後は、押入れで眠っていましたが、私が結婚後には、母が時々、お内裏様とお雛様だけを飾っていたようです。

 

 

それからは………。

 

 

人形供養をしてもらい私のお雛様は、今はもう居りませんが、母に買ってもらった娘のお雛様が暫くこの時期床の間を占領しました。

 

 

でも、その娘も結婚してしまい出番のないお雛様は、押入れで眠っています。たまには、外の空気に当てさせてあげないととは思いますが、雛段作るのが結構な力作業で………。部屋も狭くなるし………どうしようっかなぁ〜?!