女のため息

名古屋郊外在住 アラ還の平凡な主婦です。経験したことや、思ったことを 思い出しながら綴りたいと思います。

『塾』って・・・

♪♪小鳥がネ、小窓でネ、小首をふりふり聞いてるよ、ホントにね○△□○〜〜ヤ〇ハ、ヤ〇ハの音楽教室♪♪

 

 

 

遥か昔、幼稚園の頃。ヤ〇ハの音楽教室が、通っていた幼稚園に出張と言う形で来ていた。オルガン(懐かしい響き)のレッスンを初め、歌を歌ったりダンスしたりしながら音楽に親しむと言うコンセプトだったようだ。


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10人位だったろうか、集団での週1、2年間のレッスンだった。ソレが、終了すると、ピアノの個人レッスンに通う子も居た。私も習いたいと頼んだが、「ピアノは高い。習うなら一生やれ」みたいな事を言われ、諦めた。だいたい、幼稚園児にそんなことを言うなんて……。

 

 

 

当時、ピアノは大変高価な物で、お金持ちしか持ってなかったので、致し方ない。

 

 

 

それでも、親は色々な習い事、『お絵描き』『そろばん』『習字』の教室に通わせてくれた。今思うと、団地生活だったので、競い合うように母親達は、子供達を習い事に連れ出していた。

 

 

 

私は、発達も早く器用な方で、難なくこなしていった。母は自慢だったようだ。

 

 

 

で……。学習塾以外の塾は数年だが通った。もちろん感謝している。

 

 

 

それで、自分の子供達にもやらせてもらった物はさせようと、数々の習い事をさせた。

 

 

 

『ピアノ』『スイミング』『英会話』『習字』(習字については、私が教えた)

 

 

 

時代の流れで、『物』は変わったが………。周りの子達も、昔と同じで競うように習わされて?いた。子供達は、イヤだとも言わず続けていた。

 

 

 

今どきのそのような習い事には、親の手間が必須で車での送迎は、当たり前になり、それに翻弄されそうになる。

 

 

 

『昔は、そんなことはなかったなぁ〜』と思いながらも、私のような過保護な親達は、子供の送迎に勤しんだ。

 

 

 

ウチの子供達は、学習塾には通わなかった。車での送迎が負担なのも、通わなかった要因の一つだった。

 

 

 

熱心な学習塾は、問題が出来るまでやらせ帰りが深夜になるのも度々だと言う。親は子供が出てくるまで、学習塾の前、車の中でじーっと待っていたそうだ。


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ママ友の話では、そのために子供にケータイを買い与え、帰る時間に電話するよう促したり、お風呂に入るのも深夜になったり………。大変だったと言う。

 

 

 

『そこまで、するのか?』

 

 

 

そこまでする人は、周りにいっぱい居た。もう10年以上前の話だが、現在でも、いやもっと居るのではないだろうか?

 

 

 

『教育って何だろうな?そこまでしてさせるべきかな?子供達はどう思っているのかな?』って………。

 

 

 

でも、その子供達………。嫌々やっているのではなく、自分から進んで頑張っている子が多いそうだ。

 

 

 

と言うことは………。

 

 

 

『日本の未来は明るい』ってことか?!