女のため息

名古屋郊外在住 アラ還の平凡な主婦です。経験したことや、思ったことを 思い出しながら綴りたいと思います。

出来が悪くて、結婚もせずに親不孝でした。

「私、出来が悪くて………。親不孝ばかりしてたの。ホント親不孝だったなぁ〜って……。」

 

 

 

喪中はがきを受け取ったので、久しぶりに電話をしてみた。Aさんとは、会社の同期で10年近く一緒に働いて、お昼のお弁当を一緒に食べた仲。

 

 

 

その後、私が『寿退社』してからは、たまーに会社へ遊びに行く時に、ランチするぐらいで、逢う事は少なくなっていた。

 

 

 

彼女も、暫くして会社を辞め、その後の付き合いは、年賀状のみとなっていた。

 

 

 

時間が経ち、会社の友達と久しぶりに逢えることになり、彼女のことが頭をよぎった。一緒にランチでもと思い、20年ぶりぐらいに電話をしてみた。

 

 

 

電話口の彼女は、私の名前を伝えると直ぐに分かってくれ、久々の会話に話が弾んだ。

 

 

 

それで、一緒にランチでもと誘ってみたが……。母親を介護しているので無理だと言う。残念だったが、諦めざるを得ない。じゃあ、又ねと電話を切った。

 

 

 

そんな、誘いを何年か前に、またしてみたが、帰ってくる答えは前と同じ。「介護頑張ってね」と電話を切った。

 

 

 

で………。

 

 

 

先日、喪中はがきが来て、お母様が93歳で亡くなられたのを知り、電話をかけたのだ。

 

 

 

「病気だったの?」と言う私の言葉に、「ううん、家で朝ごはんを普通に食べて1時間ぐらいにしたら、おかしくなっちゃって………。お医者さんに来てもらったんだけど……。夕方亡くなった。」と………。心筋梗塞だったらしい。

 
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7年間、彼女一人で介護をしていたらしい。お母様がデーサービスとか嫌がり、ずーっと家で彼女が看ていたらしい。お風呂も、一人で格闘していたと言う。

 

 

 

「ヘルパーさんに頼めば良かったのに。大変だったでしょう。」と言っても、「ヘルパーさんに頼んでも、結局手伝わなければならないので……。一人でやった方が………。」

 

 

 

「身体は病気もなく、ただ脚が………。」と言う。夜も心配で、一緒の部屋で寝起きしていたと言う。年寄りはトイレが近く、2〜3時間おきにトイレに行く。ベッド横のポータブルトイレを利用するが、その度に目が覚めてしまう。

 

 

 

「貴方一人でやっていたの?偉いね〜。」

 

 

 

その際の彼女の言葉が、冒頭の言葉。何度も何度も繰り返し言う。

 

 

 

「結婚もせず母親と一緒に暮らしていた。私、出来が悪いから………。母親は、ずっーと心配していた。一人で生きていけるの?って………。60も過ぎているのに、ホント悪いことした。親不孝した。」

 

 

 

その言葉を繰り返していた。「そんなこと、ないってば……。よく頑張ったね、偉いね〜。」と言っても、「私、出来が悪いから………。親不孝した。」とばかり………。

 

 

 

あまり、そんな事ばかり言うので、「なんでそんなこと言うの!」と強く言ってしまった。彼女は、出来が悪いなんてことはなく、凄く優しい人だから………。

 

 

 

純真無垢なホントのお嬢様で、人が良く、ちょっとイジられキャラではあるが………。友達も多く皆に好かれていた。誰一人彼女のことを悪く言う人はいない。

 

 

 

大人しく、結婚には縁が無かったが、お母様とずーっと二人で、暮らしていた。お姉さんも、みえるが結婚しており、殆ど二人で暮らしていた。

 

 

 

結婚しなかったことも、親不孝だと思っているようだ。母親は結婚を望んでいたのに……。自分は、それに応えられなかったと………。死ぬまで、母親は心配していたと………。

 
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でも、お母様は貴方と最期まで一緒に暮らせて、面倒を看てもらえて幸せだったと思うよ。貴方は、とても優しくて………。親孝行だね!!

 

 

 

「ありがとう。お話していて、元気でた。」と言ってくれた。「コロナ落ち着いたら、ランチしようネ!!」と約束して電話を切った。